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今にして思えば・・・

「ユマニチュード 」だったんだ・・・


2010年の12月。

私の父がバリバリの認知症になって我が家にやってきた。

父の顔には表情が無く、私の顔も見ない、会話もほとんど無い。

喜び、楽しみは無く、怒りと不安だけがが強く感じられた。

着替えを拒み、寝付かせても夜中になると15分おきに起きだして徘徊する。

視力が低下していたので遠くに行くことはなく、部屋をうろうろと手探りで歩く。

何かを大声で叫ぶことも。

誰かが窓から家の中をのぞいているといい、窓をふさごうと干してある洗濯物を窓に貼り付けようとしたり…。

徘徊は明け方まで続く。

そのたびに様子を見てトイレに連れて行ったり、水を飲ませたり、意識がないときはベッドに戻るまで見守り、布団をかけなおしたりした。




だから、何とかコミュニケーションをとりたくて父の顔20センチほどの距離で正面から目を覗き込みながら毎日話をした。

「お父さん!この魚美味しいね。」とか「お父さん!この漬物硬いわ~。たべてみてごらん。」「おもしろいね。」「きれいだね。」など父が感じられなくなったであろうことを繰り返し繰り返し切れ間なくずっと話しかけてた。

父の目は私を通り越して何かを見ているような何も見ていないような感じだったが、かまわず続けていた。

何とかこの目から頭の中に入り込んでやろうと思ってしつこく話しかけた。

話しかける時は必ず「お父さん!」をつけて話した。

テレビも昔父が好きだったようなものを選んで見せ、質問したり話しかけたりしてた。

足がむくんでいたので毎晩のように足をなんちゃってマッサージしたのがスキンシップになってたんだろうな。




当時私はサラリーマンだったから、デイサービスを利用した。

幸い父はお金に困らない生活ができていたから、私が休みの日以外は朝8時からあずかってもらった。

そこで入浴をお願いし、やっと下着を着替えさせることができた。

父はデイサービスが嫌いでお風呂の時以外は家に帰りたがり、迎えに行くと帰り支度を整えてひたすら私の迎えを待っていた。




やがて父はポツリポツリと質問や話に反応するようになってきた。

「お父さん!とんかつ、どうだい?美味しいかい?」「美味しいな。」

「お父さん!肌着を取り替えると気持ちがいいねえ。」「気持ちがいいな。」

こんな感じ。

でも拒否する時はすごい。特にせかしたり、こちらがイライラしたりするともうダメだ。

「なんで着替えなくちゃならないんだあ!俺は着替えないぞお!」こんな感じですごく抵抗する。

それがある朝父が突然私を呼びつけ、「話がある。ちょっとここに座れ。」と言った。

自発的な意思表示はこれが初めてだった。

それまでは「お父さん!肌着着替えると気持ちいいっしょ。フカフカであったかいっしょ。」「気持ちがいいな。」というようなオウム返しのような反応だったから。

「俺はこれから服を着替えることにした。」と言い出した。




その頃からかな?

私の存在にようやく気が付いたようで、珍しいものでも見るような目つきで私の顔を見るようになった。

目を合わせるようになった。

そうなってからは早かった。

バラバラだった記憶がどんどんつながりはじめ、時系列に整理されていったみたい。

でも父が覚醒した時間は現在ではなく、まだ亡くなった母も、自分の父母も生きていた頃だった。

だから、「お袋に電話しないと・・・」「静子は(母はもう何年も前にこの世を去ってたんだけど)旅行に行ってるんだよな?」などと言い出して困った。

デイケアの職員の方に相談すると「本当のことを教えてあげていいのです。」と言われたので電話をかけると言い出したときに普通の会話という感じで「おじいちゃんもおばあちゃんももういないんだよ。何年も前に死んだでしょ。二人とも。だから電話できないんだよ。」「青森の家はもうないんだよ。」と答えた。

これは言い出すには結構勇気が必要だった。

腹をくくって、さも当たり前のことを話すような感じで事実を伝えた。

それでも父は毎日毎日、日に何度も何度も同じことを言ってくる。

そのたびにお天気の話をするように普通の顔をして辛い現実を知らせなくてはならなかった。

「何でよ!なんでそんなこというんだ!?」と怒り出す父。

そのあとは黙り込むのだがその会話の記憶を引きずっているのではないようだった。

あるとき「そうだ、お袋に電話しないと・・・・・・そうか、もういないんだ・・・・」と口にした。

その後は母のことも祖父母のことも言わなくなった。




「山に行くかい?」というと行きたがるのでよく連れて行った。

山が好きな父は山小屋から月を見て素晴らしい月だと感動し、春になったら桜が見たいと言うようになった。

肩を貸し、山小屋の前を歩かせたりした。

春になったら畑に何を植えるとか、植えたものをお金にしなきゃだめだとか、未来の話をするようになった。

「人生の終わりに娘からこんな楽しい夢を見させてもらえるとは思わなかった。」と言ってくれた。

幸せそうに笑ったり、会話も楽しんだりした。

誰かのために何かしたいという気持ちも蘇り、「おまえのやり方じゃ、だめだ。」と言ってスコップを持ち出し、裏庭の除雪をしだした。

スコップにはほんの一握りの雪がついているだけで、ほとんど空を切っている状態だったが、何度も何度も雪をよけていた。

「いやあ、お父さんのおかげですっかりきれいになったわ。ありがとう。」と言うと「そうだろ?お前のやり方じゃな。」と嬉しそうに笑った。

相変わらず夜は明け方まで毎日のように徘徊していたが、時々ぐっすり眠れる日も出てきた。

ほぼ認知症からは脱し、以前の父に戻ったようだった。



この後は病状が悪化し、入院することになった。体中に癌が転移していたのだが、なぜか最期まで痛みが無かった。不思議なことだが主治医によるとたまにこういうケースはあるらしい。

およそ1か月の父との生活だったが、辛い記憶はない。

むしろ変わっていく父を見るのが楽しかった。

職場の同僚や上司の全面的な協力と友人や施設の職員の方の支えは大きかった。



入院してから後半の父は幸せとは遠い生活だった。

亡くなるまでの1か月半。

これはまた別の話となる。



後になって「ユマニチュード」を知った。

もっと早く知っていたならば入院中の父の生活の質を上げてあげられたのにと思う。
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by shirayuki312 | 2016-02-12 00:24 | 健康


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